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破語乱語 Broken Words
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たとえコトバは破れ、千々に乱れても、言わなきゃならないことって、きっとあるのだろう。秘するが花、の気持も忘れたくないけれど。
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弘前まで、行ってきた。

2006/11/04 09:47
あれから、もう3週間になるけれど、友人と二人で、弘前まで行ってきた。

そう。奈良美智の「A to Z」展を見に行ってきたのです。
(正確には、「YOSHITOMO NARA+graf」の「A to Z」ということのようだけれど、それはあまり気にしなくてよいかも。)

事の発端は、半年ぐらい前に放送されたTBSの「情熱大陸」を見たことだった。

もちろん、以前から彼の作品は知っていて、「いいな」とは思っていたけれど、それまでのぼくには、「どうしても見ておきたい」というほどの思いはなかった。
でも、この番組を見ていて、どうやら自分は彼のことを知らなすぎたみたいだなと感じ始め、彼が、故郷の弘前の酒造所だった建物で、これまでの集大成になるような展覧会を開く準備をしている…と知って、「これは見に行きたいな」と思っていたのだった。

しかし、日々の暮らしでは万事に余裕もなく、次々に起こる雑事に追われていると、いつしか、この「A to Z」のことを、はかない夢のように忘れかけてしまっていた。あるいは、「弘前は遠すぎる。やっぱり無理かな…」とも。

でも、会期も終盤に近づいた10月の始めごろ、「ほぼ日」に載り始めたイトイ氏と奈良さんの対談を読んで思い出し、「ああ!これは何としてでも行かなくちゃ!」ということになったのだった。

それにしても、どうせ弘前まで行くのなら、岩手県の北部の町に住んでいる友人の家にも寄りたいし……などと欲も出て、デザイナーをしている共通の友人を何とか説き伏せ、男二人、ぼくのクルマで旅立ったのだった。

結局、2泊3日で約1800kmも走った大旅行になって、その道中にもいろいろと思うことや感じることはあったのだけれど、何といっても、実際に行って、見てきた「A to Z」は、本当に素晴らしかった。

「A to Z」というから、26のブースで終わりかと思ったら、とんでもない!元はリンゴ酒もつくっていた工場だったというレンガ造りの大きな建物をいっぱいに使った大変な規模の展覧会で、ゆっくり見ようとしたら、一日あっても足りないぐらいだろう。そして、どの作品にもつまらないケレン味がなくて、一つひとつに込められた奈良さんの思いが、しっかり伝わってくる。一人の、それもまぎれもない同時代の現役の作家の展覧会としては、「A to Z」は、ほとんど空前絶後だろう…と思ったほどだ。

そんな中で、ぼくがとくに魅かれた作品について書いておこう。

一つは、「N」の部屋の正面に展示されていた、「White Night」という作品だ。奈良さんの作品のモチーフとしてはおなじみの、正面から見つめるような少女を大きく描いた作品で、その目と、感情を封じ込めたような表情の全体から、光が湧き出ているかのようにぼくは感じた。現在の奈良さんの到達点といっていい傑作だと思う(この「White Night」が現代に生きるヒトの悲哀を表現しているとすれば、「Q」の部屋の「The little star dweller」では慰安が前面に出ている。この2つの作品は、一対のもののように感じた)。

もう一つは、「D」の“doors”というゾーンの真ん中の小部屋に置かれた「Mini Thinker」という小さな人形だ。単にリアルであるとか「かわいい」というだけで済むようなものじゃなくて、その名の通り、“彼”にはたしかに一つの宇宙や世界があると感じさせるような、驚くべき作品だ。

残念ながら、この「A to Z」は10月22日に幕を閉じてしまったけれど、上記の「ほぼ日」の対談には会場の写真もたくさん載っているので、これを読んだり見たりすれば、どんな展覧会だったのかというイメージだけはつかめると思う。
http://www.1101.com/AtoZ/index.html

もちろん、オフィシャルサイトも忘れずに!
http://a-to-z.heteml.jp/modules/news/

かくして、日々はまた続くのだ――。
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千葉県よ、それはないだろー?

2006/09/07 09:20
まずお断りしておく。
ここでの千葉県は行政のことで、千葉県民の方々には何のウラミもないし、
彼らに罪があるはずもない。

それはともかく、昨日、TVのニュースで、かなりイヤなものを見てしまった。
一言でいうなら、「海の家」の強制取り壊しである。
千葉県の言い分としては、それらの「海の家」は、海岸を「不法占拠」して
いるので撤去に踏み切った……ということらしいが、映し出された映像は、
ショベルカーのような重機が、いくつもの「海の家」をバリバリッと破壊
して行く光景だった。

今が真冬だったりするなら、「ああ?ルールを守らない人間がいるんだな?」
などと、多少は思ったかも知れない。けれど、暦の上ではもう秋に入ったとは
いえ、まだまだ暑い日はあるわけだし、海岸に行って、そこに「海の家」が
あっても、それほど違和感はないし、特に困るようなことがあるとも思えない。

しかし、結果からいえば、千葉県は「非常に困った」ということなのだろう。
何でも、千葉県の条例では、「海の家」を営業してよいのは8月末までという
ことになっているらしく、その期限を約1週間もオーバーしたのだから、もう
許さない……ということのようだ。

けれども、考えようによっては、「まだ1週間」でもある。委細はわからないが、
「不法」とはいっても、社会通念上、誰が見てもクロというほどの悪質な事例
だとも思えない。それでいきなり重機が登場するというのは、どう見ても
乱暴すぎると思う。

そもそも、「海の家」というものは組立て式になっていて、ほとんどは何年も
くり返し使用するものだと思うが、重機であんなに破壊してしまっては、
ただのゴミになって、廃材の山が築かれるだけだ。もちろん、地球環境にも
よいはずはない。

――千葉県の堂本知事は環境問題を売りにしてきた人だが、おそらく、昨日の
ニュースで報じられるまで、この件については何も知らなかったに違いない。
取り壊された「海の家」の業者の側では、きっと知事宛の嘆願書か何かを出して
いたことだろうから、それが知事にまで届かないということ自体も大いに問題
なのだが――。

この一件で予想される結末は、次のようなものだ。すなわち、たとえ堂本知事が
今回のようなやり方には大いに問題があると思ったとしても、事に当った職員や
部署は条例を守らせようとしただけなので……その職員たちについていかなる
責任を問うこともできなければ、もちろん処分もできない、ということだろう。

残るのは、多少のルール違反はあったにせよ、むざむざと「海の家」が破壊
されたという事実と、廃材の山と、業者の借金だけ、ということになるのだ
ろうか。

千葉県民のみなさん、あなたはどう思いますか?そして、どうしますか?

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060905i306.htm
この記事を読んでみたら、問題の「海の家」が通年営業、つまり夏だけでは
なく、年間ずっと「占用」していたことが問題であるようで、となると、
「多少のルール違反」ではなく、「大幅なルール違反」があったということ
になるのだろう。で、同様の「海の家」がさらに22軒あるそうで、千葉県は
「年内に、すべての海の家を撤去する」のだそうだ。
もう少しマシなやり方がありそうなものだけれど――。
(何よりも、そこにはニーズがあり、少なからぬ収益が上がっていたに
違いないのだから!)
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彼のピクニック

2006/09/01 15:37
前回のエントリーから、もう一カ月以上経ってしまった。
病気をしていたわけでもない。ただ、ビンボー暇ナシを絵に描いた
ような日々、とでも思っていただくしかない。
大事なことで、ここには書けないこともあったりする。

そんな中で、田村隆一さんの『ぼくのピクニック』(朝日文庫)を読んだ。
少し前に古書店で見つけ、軽い気持で入手してあったものだ。
しかし、読んでいるうちに、この本が、タイトルから想像しがちなように
“軽い”本ではないことに、少しずつ瞠目させられた。
「ぼくのピクニック」とは、すなわち田村さんの生涯のことであり、
その主要なトピックを淡々と書き綴ったこの本は、いわば田村さんの
“遺書”のようなものだったのだ。

大正12(1923)年生まれという田村さんの世代が、まさしく「戦中派」
であることは見やすい道理だし、随分前に読んだことのある田村さんの
詩が、戦争体験抜きには書かれえないものだったろうということも記憶に
残っている。しかし、田村さんがいわゆる「学徒動員」組で、茨城県
土浦にあった海軍練習航空隊、いわゆる予科練で訓練を受けていたという
ことまでは知らなかった。
つまり、まだ若く、とくに詩というものに傾倒したわけでもなかったぼく
には、田村さんの世代の戦争体験は、しょせん他人事でしかなかったの
かも知れない。

この軽妙なタイトルの小ぶりな本には、そんな田村さんの戦前と戦中と
戦後が、洒脱な筆致で、と同時にきわめて明瞭に、書き記されている。

たとえば、昭和17年秋の、当時19歳だったという自分について、田村さん
は次のように書く。

 ぼくは、自分自身が兵隊にかり出される悪夢にばかりおびやかされて
 いたから、江戸化政期の読み物をあさったり、古典落語に熱中したり
 して、自分をだます工夫ばかりしていた。  (「ぼくの成人式」)

ここだけを読むと、田村さんがただ臆病なだけの青年でもあったかのように
勘違いする人間も出てきそうなので困るのだが、実際の田村さんが背の高い
美丈夫であったことは周知の事実だし、そのお人柄は「いつでも陽気で乾いて
いた」というものだったらしい。要は、田村さんの文章には回想にはつきもの
の感傷や嘘や虚飾がまったく感じられず、読んでいてとても気持がいい。

――そういえば、この本を読んでいたのは、まったくの茶番でしかなかった
小泉首相の靖国神社参拝騒動の頃で、それだけに一層、田村さんの言葉は
身にしみるような気もした。

ごく普通の人間にとって、8月15日の「敗戦」はどのようにやってきたのか、
そして、「戦後」というものがどんなふうに始まったのかを知るにも、この
田村さんの“遺書”はとても貴重なものだろう。そして、もし時季を選ぶと
するなら、この本は、やはり夏に読むのがふさわしいだろう。
ぼくがこの時季にこの本を手に取ったのはまったくの偶然だけれど、結果と
して、とてもよい読書になったとも思う。

田村さんが亡くなられたのはほんの数年前のことだと思っていたが、
調べてみたら、もう8年も前の1998年8月に亡くなられている。そして、
朝日文庫の『ぼくのピクニック』も、現在は品切れになっているようだ。
毎年、夏になったら、全国各地の書店の店先に、この本が平積みになっても
いいだろうに、と思えるような一冊なのだが。

*この6月から、他社のサービスでブログを始めた。しかし、システムの相性も
 あるのだろうが、そこのサービスでは編集画面がまともに表示されることさえ
 まれで、要するに、まったく使い物にならない。それで、このwebryに切り
 換えることに意を決した。過去ログ末尾の[ ]内が、当初の投稿の日付けです。

http://blog.goo.ne.jp/hago06
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下北沢シンドローム?

2006/09/01 15:21
今発売中のTV情報誌、「TVBros」が面白い。
表紙全体が「下北沢」の文字のコラージュのようになっていて、巻頭に
計6ページの下北沢特集が載っている。頁数としては大したものじゃなさ
そうだけれど、この中身の濃さが、なかなかハンパじゃないのだ。
とりわけ、街をつぶす新規の道路建設に反対する運動のつながりで、私も
親しくさせていただいているジャズバー「LADY JANE」のオーナーである
大木さんの談話(8ページに載っている)は、味読する価値があると思う。

ところで、かなり幅広い読者を対象とする「TVBros」のような雑誌に
下北沢の特集が載ったりするのは、今、下北沢が、テレビや映画などで
ちょっとしたブームのようになっているからだ。上戸彩嬢が主演のTV
ドラマ「下北サンデーズ」が現在放映中(木曜夜9時〜、TV朝日)だし、
今週の末からは、竹中直人主演の映画「男はソレを我慢できない」が
渋谷のシネ・アミューズで封切られる。――この映画は、まさしく下北沢
が舞台になっていて、商店街でもこの映画を歓迎しているらしく、今、
下北沢の街は、この映画のバナーで埋めつくされているかのような状態
なのだ。

しかも、ノンフィクション的な手法で下北沢に生きる人間たちの姿を
描いた「下北沢」という小説(リトルモア刊)までが出版されたばかり
でもあって、今の下北沢には、「どうも普通じゃない」空気が充満して
いるような気がする。ちなみに、この「下北沢」の著者の藤谷治さんは、
下北沢でもとりわけディープな一角にある「フィクショネス」という
書店のオーナーで、私も何度かお会いしている。

実は、下北沢が注目を集めそうな話題はこれ以外にもあるのだけれど、
消化不足になってもいけないので、これぐらいにしておかないと――。

ともかく、「TVBros」、コンビニでも売っているので買いに行きましょう!
この号の200円は、マジで安いと思う。

[2006-07-24]
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「MOMPOU自身によるMOMPOU」

2006/09/01 15:17
先日、新宿で友人と待ち合わせた際、少し時間が空いたので、南口のタカシマヤ
の上のHMVに寄り、CDなどを物色した。

ちょうどセールをやっていて、安くなっていたJAZZのDVDを買ったりしたが、
クラシックのコーナーも覗いてみると、以前にも見かけて気になっていた
MOMPOUのピアノ作品集が、CD4枚組のセットで1500円ほどという驚きの安さ
だったこともあって、迷わず購入した。

正直なところ、このCDセットを入手するまでは、MOMPOUについて、詳しいこと
は何も知らなかった。ただ、FEDERICO MOMPOU(フェデリコ・モンポウ)という
名前や、ボックスの裏に記された曲名などから、スペインの作曲家であることは
間違いなさそうだし、1893-1987という生没年からすると、「現代音楽風」の
作品を書いた人なのだろうという見込みだけはあった。

実は私は、ファリャFalla、アルベニスAlbeniz、グラナドスGranadosといった
スペインの近現代の作曲家のピアノ作品に近年、強く惹かれていて、とくに、
アルベニスの「Iberia」やグラナドスの「Danse espagnol」のスタイルや響きの
比類のない美しさには、心底感嘆している。

そしてMOMPOUも、これらの巨匠たちと類縁関係にある人なのだろうと考えた
わけだが、この予想はうれしい驚きとともに的中した。購入したCD4枚組のセット
が破格の安さであることは事実だけれど、入手したのにはもう一つ大きな理由が
あって、それは、このCDが作曲者であるMOMPOU自身の演奏を収めたものであり、
つまり、これによって「MOMPOU自身によるMOMPOU」を聴くことができる、と
いうことだ。

作曲家自身の演奏としては、ピアノであればラフマニノフやラヴェルがいるし、
ヴァイオリンならクライスラーやサラサーテの演奏もよく知られている。しかし、
残念ながら彼らの演奏はいずれもレコード創世期の頃のもので、音質の点では
あくまでも「マニア向け」のものということになるだろう。

それに対して、このMOMPOU自身による演奏が録音されたのは1974年のこと
らしく、音質はまずまずだし、何といっても、当時MOMPOUはすでに80歳を
越えていたことになるけれども、演奏にことさらな「老い」は感じられず、
指さばきは手がたく軽やかで、随所で若々しくつややかな響きを聴かせてくれる。

まだよく聴き込んではいないし、作品自体について、何か断定的なことを言える
ほどの知識も私にはない。しかし、「現代音楽風」の新奇さや難解さとは一線を
画しながらも、MOMPOUの音楽には、たしかに現代の音楽だと感じられるような
響きがふんだんに織り込まれていて、とても好ましい。

おそらく、MOMPOUの作品は、今後、20世紀の古典として、より多く演奏され、
より広く聴かれるようになるに違いない。その流れの中で、幸運にも私たちに
遺された「MOMPOU自身によるMOMPOU」は、きっと、いよいよ輝きを増して
ゆくことだろう。

この夏、あなたが何か新しい音楽に出会いたいのであれば、この「MOMPOU自身
によるMOMPOU」を候補にしてみる価値は、十分にありそうだ。

[2006-07-11]
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夢見る権利

2006/09/01 15:13
おそらく、知っている人はごく少数だろうと思うけれど、渋谷で、駅と
その周辺の大規模な再開発プロジェクトが動き出そうとしている。

現在でも渋谷は、JR、東急の東横線と田園都市線、そして地下鉄の銀座線と
半蔵門線が乗り入れている全国でも屈指の巨大ターミナルだけれど、来年には
地下鉄がもう1線(東京メトロ13号線)乗り入れることになっているので、
それに合わせて駅とその周辺を一体的に「整備」しようということらしい。

ただ、このプロジェクトを取りまとめる立場にある(はずの)渋谷区が掲げて
いるプランは、まったくいただけない。2棟の超高層ビルを建設し、適度に
歩行者デッキをからめるだけのこのプラン(「渋谷駅周辺整備ガイドプラン
21」というらしい)には、“渋谷ならば”というオリジナリティがまったく
感じられないし、どうひいき目に見ても、各路線の接続等の工学上の必要や、
JR他の地権者にとっての<経済効率>以外には何も考えていないのだろう――
と思わずにいられないほどの“無様さ”なのだ。

つまり、ここでもまた、行政(や企業)にまかせているだけでは、取り返しが
つかないほどの破局的な「結果」をつき付けられることになる――という構図
が露呈しているのだと思う。……まあ、ここまでならば、現代の日本人にとって
はおなじみの“失望の物語”が、また一つ生まれたというだけのことで終わり
かもしれない。

しかし、実はそうではないのだ。この行政主導の(実際にそうなのかどうかは
疑わしいが)プランのあまりの無様さと拙劣さに愕然とした(というのは私の
推測だが)渋谷在住の建築家が中心になり、商店会の人たちの協力も得て、
「渋谷の未来B」という素晴らしい代替案を作成し、行政やJR、東急等の利害
関係者に提案しているのだ。

この「渋谷の未来B」というのがどのようなものかは、以下の記事を読んで
いただくのが何よりだと思うが、もし、この日本に「都市計画」というものが
適切に行われるような土壌があるならば、行政が提示しているプランよりも、
この「未来B」の方が圧倒的な優位性をもっていることは、細かく論証する必要
さえないほどに明白だと私は思う。

http://www.pingmag.jp/J/2005/09/12/shibuya-common/

「渋谷の未来B」は、巨大ターミナルという都市交通上の機能について、ほぼ
完璧といってよい解を導き出しているだけでなく、現在、JRや東急、地下鉄の
駅とデパートがある空間に、樹々におおわれた丘のようにも見える巨大な建造物
を出現させるという、とてもダイナミックで魅力あふれるプランなのだ。

しかも、特筆すべきなのは、全体のスケールの大きさにもかかわらず、この
プランは決して表面的な「デザイン優先」に陥っておらず、それ自体が一つの
都市でもあるかのように、豊かな広場・歩行空間を内包していることをはじめ
として、あくまでも“人間が主役”という視点なり思想で貫かれているように
見える、ということだろう。

端的にいって、明るい話題に乏しい現代の日本の「都市」が置かれている状況の
中で、「渋谷の未来B」のようなプランが生まれたことは稀有のことであり、
奇跡に近いとさえ私は思う。そういうと、六本木ヒルズや表参道ヒルズがある
ではないか――という反論が返ってきそうだが、あれらの「話題のスポット」が
どれだけ“時の試練”にたえられるかは、とても疑わしいと私は思う。よくて
30年が限度で、50年後には消滅している可能性も大きいのではないだろうか。*

一方、「渋谷の未来B」の場合は、必要なケアさえなされれば、50年は何の
問題もなく、100年後にも立派に生き残ることができるのではないか――という
気がする。そして、この、“時の試練”にたえられるということこそが、都市の
ステイタスの根幹にあるべきことなのだ。

――以上のように見てくると、渋谷にとってこの問題は、単に「駅とその周辺」
だけの問題ではないということがわかるだろう。しかし、これまでのところ、
どうも渋谷区の行政マンや区長、区議会議員、そして一部の関係企業なども、
この基本を一向に理解できていないらしい。これは、由々しき事態だといわねば
ならないかもしれない。

なぜなら、「渋谷の未来B」は、渋谷という街に育ち、そこで生き、そこで人生の
一部に他ならない貴重な時間を過ごすすべての人間にとっての“夢見る権利”を
具体化したようなプランに他ならないからだ。十分に検討することもなくこの
プランを圧殺し、葬り去るようなことは、人間と、その創造性を冒涜することで
あって、決して許されるべきことではないだろう。

では、私たちに何ができるのかについては、また改めて考えてみたい。

[2006-06-28]

*表参道ヒルズなどは、ハードはとても堅固であり、耐用年数はかなり長そうだ。
 しかし、魅力ある空間を創出しえているかといえば非常に疑問で、遠からず
 飽きられてしまうように思えてならない。唯一の功績といえるのは外部空間に
 対して高さを抑えた点だろうが、それもアイデア倒れの観があって、とても
 空しく感じられる。

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門坂流、といふ人

2006/09/01 14:56
5年ほど前から、門坂流(かどさか・りゅう)さんとおつき合いさせて
いただいている。

門坂さんといえば、一般の知名度はそれほどでもないかも知れないが、
精緻かつ鋭利な作風が高く評価され、海外の目利きたちまで狂喜乱舞
させるようなペン画や銅版画を描き続けていらっしゃる、巨匠といって
もよい方である。

そのアトリエにも何度かお邪魔し、銅版画の製作の手順などもお聞きした
ことがあるのだが、そのお仕事はどう考えても人間技とは思えない。
常人には理解しがたい技術や能力の持ち主を天才と呼ぶのであれば、
門坂さんは明らかに天才といってよいだろう。

そこまでであれば、この私の出番などはなく、ただ遠くから眺めている
のが関の山である。ところが、お会いしてみて驚いたのは、この天才は
無類なまでに人が好いのである。といっても、単なるお人好しだとか、
妙にやさしいというのではない。ただ、何事についてであれ、呆れるほどに
ウラオモテがなく、ワケヘダテもないのだ。好きなお酒を召し上がって、
よい機嫌になられた時のお茶目さなどは、近頃の青年諸君にも見習わせて
やりたくなるほどだ。

閑話休題。

明後日19日から、東京ではしばらくぶりになる門坂さんの個展が始まる。
7月1日までの会期中、二日に一日ぐらいはご本人も会場にいらっしゃる
ようだ。

これは必見であると思う。

詳しくは以下にて。

■門坂流 新作展 2006年6月19日(月)〜7月1日(土) 日休
 会場:不忍画廊 Tel: 052ー351ー6867
    〒103-0028中央区八重洲1ー5ー3不二ビル1F
    http://www.shinobazu.com/

[2006-06-17]
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街がタタカッテイル

2006/09/01 14:51
先月、東京・下北沢で、地元の行政=世田谷区による駅周辺の地域の
「地区計画(原案)説明会」というものが開催された。
結果からいえば、この説明会は、いささか荒れた。

というのも、幅26メートルもの道路を新たに建設して現在の街並みを
大きく破壊したり、建築制限も大幅に緩和して高層のビルを建てやすく
するといったこの計画の基本的な性格に対して、地元の住民や店鋪の
オーナーたちはもちろん、多くの専門家からも強い疑問の声が寄せられて
いるにもかかわらず、これまで世田谷区は一切対話に応じようとせず、
この日の説明会でも、(都市計画法が開催を義務づけているので)ただ
「説明会は開催しました」というアリバイ作りをしようとしているだけ
ということが、あまりにも見え見えだったからだ。

そこで、この新規道路等の計画について見直しを求める活動をしてきた
市民グループ“Save the 下北沢”などのメンバーが、こうした区の姿勢に
対して、この説明会の会場で改めて抗議の声を上げたのだった。
実は私も“Save the 下北沢”のメンバーであり、この日の行動に参加
していたのだけれど。

私たちは、当初から抗議することだけを考えていたわけではなく、この
公の場で率直に対話を呼びかければ、区側もあながち無視はできないの
ではないかという、やや甘い期待も持ってはいたのだった。
しかし実際には、世田谷区の姿勢は予想以上に強硬で、職員が数十人も
出動し、説明用のビデオを強引に上映し始めて決して止めようとしない
(とくに、その音声は暴力的だったと今でも思う)という彼らの「作戦」
には深く失望し、やりきれなくもなったのだった。

しかし、ここで私がいいたいのは、この日の説明会のことだけではない。

そもそも、今、下北沢で起きていることは何であり、そこでは一体
何が問われているのかということを、改めて考えてみたいのだ。

時間もないので、まず結論だけを言っておこう。

私が参加している“Save the 下北沢”は、これまで約2年半、下北沢
という街と深くかかわり続けてきたことによって、すでに下北沢という
街の一部になっていると私は思う。
それに対して、下北沢の魅力の根源や、街の生命力というものをまったく
理解できもしない行政こそが下北沢にとっては異物なのであり、彼らは
下北沢を<殺す>ことに何の痛みも感じていない――ということが、今、
下北沢で起きていることの本質だ。もちろん彼らは、何が起ころうと
一切責任などは取ろうとしないだろうし、街を殺してしまってからでは、
責任の取りようもないだろう。

誤解を避けるために、付言しておきたい。
私は、“Save the 下北沢”だけが下北沢(という街の意思?)を代弁
しているなどと言っているのではない。今、下北沢では、都市計画の
専門家たちが中心になった“下北沢フォーラム”や、500店以上もの
お店のオーナーたちが参加している“54号線の見直しを求める下北沢
商業者協議会”といったグループも行政の案の見直しを求める活動を
展開しているのだけれど、自分も含めて、これだけの多種多様な人間
たちが動き出してしまったのは、やはり下北沢が、通り一遍では片付け
ようもない強い生命力をもった街だからだろう――としかいいようがない。

やはり、街がタタカッテイルのだと思う。

*その後、これまで面談にさえ一切応じようとしてこなかった世田谷
区長が、商業者協議会のメンバーと合って話を聞くといってきた。
今日15日に、その会談が行なわれる。さて、どうなることやら……。

[2006-06-15]
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